ジフテリア
ジフテリアはジフテリア菌(Corynebacterium diphtheriae)の飛沫感染によって起こる呼吸器疾患であり、感染部位によって鼻、扁桃・咽頭、喉頭ジフテリアに分類できる。しかし、まれに眼瞼結膜、中耳、陰部、皮膚にも感染が起こることがある。重症化すると昏睡や心筋炎などの全身症状が起こり、死亡率が高くなる。死亡率は平均5~10%、5歳以下40歳以上では20%をこえるとされている。現在日本では予防接種の普及と衛生状態の改善によって患者の発生はほとんど見られないが、予防接種率の低下した旧ソ連地域では1990年代に大発生が起きており、油断することはできない。
感染症法とジフテリア
ジフテリアが発生した場合には公衆衛生上の問題が大きいことから、感染症法(感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律、平成11年4月1日施行、平成18年12月8日最終改正)では二類感染症に分類されている。ジフテリアを診断した医師は、最寄りの保健所への届け出が義務づけられている。また患者は原則として第二種感染症指定医療機関に入院することになっている。C. ulceransによるジフテリア様疾患には現在この法の適用はないが、今後、疫学調査や基礎研究を積み重ねて検討される必要がある。
Corynebacterium ulcerans(コリネバクテリウム ウルセランス)
C. ulceransはジフテリア菌に類縁なグラム陽性の短桿菌で、おもに家畜などの動物に常在しており、ウシの乳房炎の原因となることがある。通常C. ulceransは毒素を産生しない場合が多いが、ジフテリア様疾患の患者から分離されたC. ulceransは、ジフテリア菌とほぼ同じ毒素を産生する。毒素産生性のC. ulceransは毒素非産生の菌に毒素の遺伝子をもつバクテリオファージが感することによって生じたと考えられている。
バクテリオファージ
バクテリオファージは細菌に感染するウイルスで多くのタイプがある。バクテリオファージが細菌に感染すると菌内で増殖したあと外に出て、他の菌へ感染を繰り返すが、菌の遺伝子に組み込まれて長期間共存(溶原化)することもある。ジフテリア菌の毒素遺伝子は溶原化したバクテリオファージ内に存在しており、これはしばしば菌から菌へと伝播することが報告されている。
ジフテリア毒素
ジフテリア毒素は、約58kDaのタンパク質で、強い細胞毒性を有する。作用機序は細胞のタンパク質合成能の阻害で、多種の動物細胞、組織に傷害を与える。哺乳動物のうちヒト、サル、ウサギ、モルモットなどはジフテリア毒素に対して感受性が高く、致死量は100ng/kg体重以下とされている。ジフテリア毒素に対する抗体には発症を予防する効果があるため、ジフテリア毒素を不活化したもの(トキソイド)がジフテリアのワクチンとして使用される。
C. ulceransの検査
C. ulceransの検査は分離培養、PCR検査などによって行う。国内で分離されている菌は羊血液寒天培地上で乳白色の光沢のあるコロニー、チンスダール培地では黒色のコロニーを形成し、ジフテリア菌のものとよく似ている。 PCR 検査ではジフテリア毒素遺伝子の有無を検査する。
偽膜
ジフテリア菌が咽頭、喉頭、鼻腔などの気道に感染した場合、灰白色がかった偽膜性炎症が形成されることがある。偽膜内にはジフテリア菌が存在し毒素を産生している。ジフテリアの偽膜は厚く無理にはがすと出血しやすい。咽頭部では厚い偽膜と粘膜の浮腫によって気道の閉塞が起こることがある。
C. ulcerans感染により形成された偽膜(旭中央総合病院 提供)
ブルネック(bullneck)
ジフテリアの重症例では、下頸部と前頸部に著しい浮腫とリンパ節の腫脹が見られ、特徴的なブルネック(bullneck)と呼ばれる症状を呈する。
チンスダール寒天培地
Tinsdale
によって考案された培地で、上気道から分離されるジフテリア菌と他の菌の鑑別に用いられる。培地には亜テルル酸カリウムが加えられている。ジフテリア菌のコロニーには亜テルル酸塩還元活性があるので、褐色ないし黒色のコロニーとなり、ハローの形成が見られる。C. ulceransもチンスダール寒天培地上でジフテリア菌とよく似たコロニーを形成する(「C. ulceransの検査」の項目参照)
https://www.niid.go.jp/niid/ja/corynebacterium-m/
コリネバクテリウム・ウルセランスに関するQ&A
【一般の方向け】
Q1 コリネバクテリウム・ウルセランス感染症(以下「当該感染症」という。)とは?
Q2 人への感染経路は?
海外においては、乳房炎や関節炎に罹患した牛の生乳からの感染が主に確認されていました[1-3]。最近では、ウルセランス菌に感染した犬や猫からの感染が国内外で広く確認されるようになっています[3]。
なお、人から人への感染事例は、国内では現在まで報告がなく、国外においても、非常にまれです[4, 5]。
Q3 臨床症状は?
Q4 治療方法は?
Q5 感染予防のためには?
一方で、無症状の保菌動物の存在も報告されています。ただし、過度に神経質になることよりも、一般的な衛生管理として動物と触れあった後は手洗いを確実に行うことなどにより、感染のリスクを低減することが重要です。
国内では、人に対する定期の予防接種の対象である3種混合(最近では4種混合)ワクチンにジフテリアトキソイド(ワクチン)が含まれています。このワクチンは、当該感染症に対しても有効であると考えられています[8, 9]。
Q6 ペットが感染したかもしれないと思った時は?
また、こうした犬や猫に触る場合は、過度な接触を避け、手袋やマスクをし、触った後は手洗いなどを励行してください。
Q7 日本での発生状況は?
No. | 発症年月 | 患者 | 臨床経過等 | その他 | 参考文献 |
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1 | 2001年2月 | 50歳代、女性、 千葉県 |
呼吸困難、嗄声、上咽頭と喉頭前庭に白色偽膜形成 | 飼育している猫20匹飼のうち1匹で皮膚炎 | [10, 11] |
2 | 2002年10月 | 54歳、男性、 千葉県 |
同上 | 1例目の患者と同地区に住居 | [12] |
3 | 2005年9月 | 50歳代、男性、 岡山県 |
左耳下腺部腫脹、軽度の咳等 | 飼育していた犬が皮膚炎(犬死亡後に患者が発症) | [13] |
4 | 2005年10月 | 50歳代、男性、 大分県 |
肺に多発性空洞病変、咳、痰、発熱等 | 猫を12匹飼育 | [14] |
5 | 2006年7月 | 50歳代、女性、 神奈川県 |
呼吸困難、嗄声等。上咽頭と喉頭前庭に白色偽膜形成。ジフテリア抗毒素使用により加療 | その後患者は重症肺炎の増悪により死亡 | [15] |
6 | 2009年1月 | 50歳代、女性、 東京都 |
咽頭痛、嗄声等、上咽頭と喉頭前庭に白色偽膜形成 | 自宅で餌やりをしている猫5匹中2匹から菌分離。 | [16] |
7 | 2010年7月 | 50歳代、男性、 神奈川県 |
腋窩膿瘍(穿刺液より菌分離) | 猫10匹飼育。屋外でも猫に餌やりを行う | [17] |
8 | 2010年10月 | 50歳代、女性、 茨城県 |
咽頭痛、嗄声等、上咽頭と喉頭前庭に白色偽膜形成 | 猫1匹飼育 | [18] |
9 | 2011年4月 | 50歳代、女性、 滋賀県 |
同上 | 猫14匹、犬7匹、ヤギ2匹飼育 | [19] |
10 | 2011年12月 | 30歳代、女性、 山形県 |
右肘膿瘍(穿刺液より菌分離) | 猫6匹飼育 | [20] |
11 | 2012年1月 | 30歳代、男性、 香川県 |
腋窩リンパ節膿瘍(穿刺液より菌分離) | 親戚宅で犬3匹飼育 | [21] |
12 | 2012年11月 | 70歳代、女性、 埼玉県 |
呼吸困難、嗄声等、上咽頭と喉頭前庭に白色偽膜形成 | 飼育している猫4匹中1匹から菌分離 | [22] |
13 | 2013年4月 | 20歳代、女性、 埼玉県 |
呼吸困難、嗄声等、喉頭前庭に白色偽膜形成 | 猫18匹飼育 | [23] |
14 | 2014年4月 | 6歳、女児、 徳島県 |
頸部リンパ節膿瘍(穿刺液より菌分離) | 猫1匹飼育(発病時皮膚病) | [24] |
15 | 2015年9月 | 60歳代、女性、 東京都 |
発熱、鼻汁等、気管支に黄白色偽膜形成 | 猫3匹飼育(うち1匹に皮膚疾患あり)。屋外でも猫に餌やりを行う | [25] |
16 | 2016年2月 | 17歳、女性、 北海道 |
皮膚病変 | 犬飼育 | [26] |
17 | 2016年3月 | 63歳、女性、 栃木県 |
咽頭痛、呼吸困難より人工呼吸処置要。咽頭から声門にかけて白苔あり | 猫7匹飼育 | |
18 | 2016年3月 | 岡山県 | 右頚部化膿性リンパ節炎 | 犬飼育(患者発症2ヶ月後に死亡) | |
19 | 2016年5月 | 60歳代、女性、 福岡県 |
呼吸困難。救急搬送されて3日目に死亡。偽膜と血液から菌検出。 | 屋外で猫3匹に餌やり | [27] |
https://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou18/corynebacterium_02.html
2 自治体、医療機関向けの情報
2018年01月10日掲載 | コリネバクテリウム・ウルセランスによるジフテリア様症状を呈する感染症患者に関する情報について(通知) [953KB] |
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2009年07月22日掲載 | コリネバクテリウム・ウルセランスによるジフテリア様症状を呈する感染症患者に関する情報について(通知) [755KB] |
2002年11月20日掲載 | コリネバクテリウム・ウルセランスによるジフテリア様症状を呈した感染症患者に対する対応について(通知) [25KB] |